矯正治療の豆知識
Q.

人類はいつから矯正治療をやっていたのでしょうか?

A.

少なくとも紀元前1000年、つまり3000年以上前から行われていました。
原始的ではありますが優れたデザインの矯正装置がギリシャやエトルリアの出土物から発見されています。太古の昔から不揃いな歯ならびや、出っ歯はときに人を悩ませ、このような不正歯列をなおそうとする試みがされていたのですね。

Q.

今のような矯正治療はいつごろからやっていたのでしょうか?

A.

1850年頃にはすでに行われていました。
歯科矯正学を系統的に記述した最初のテキストは1850年代にアメリカのNorman Kingsleyによって書かれた”Oral Deformities”です。ちなみに彼はニューヨーク大学歯学部長を務め、著名な彫刻家、芸術家でもありました。

Q.

人類の歯並びは昔から悪かったのでしょうか?

A.

現代人の方がより歯並びが悪くなっているようです。
歯が凸凹に並んでいる人の割合は1000年前の人に比べて現代人が数倍も多いことがわかっています。進化の方向として、歯の大きさは小さくなり、歯の数は減り、上下のあごの骨は小さくなっています。このようなことから、現代文明の発達に伴い食事が柔らかくなったため、あごの骨の大きさが近年ますます小さなりつつあるのではないかと考えられています。このような結果、正常な歯並びの人の割合が少なくなって行っていると言う事でしょうか。

Q.

どうして歯並びが悪くなるのでしょうか?

A.

大きく分けて3つ、1つ目が環境的要因(正常な発育が環境によって阻害される)、2つ目が遺伝的要因、3つ目が二つの相互作用の結果、が挙げられます。

・胎児期に何らかの要因によって、発育障害が生じることがあります。これにより、歯やあごの骨に影響が出た。
・虫歯や外傷などによって子供の歯と大人の歯の交換が上手くいかず歯並びに影響した。
・指吸いやうつぶせ寝、舌や唇などの習癖によりあごの骨と歯並びに影響を及ぼした。
・鼻呼吸が何らかの原因(アレルギーや慢性の鼻粘膜の長期の炎症、扁桃腺の肥大によって部分的に閉塞するなど)でできないため、口呼吸をすることにより、舌の位置、頭の姿勢に影響し、その結果として歯並びが悪くなった。
・外傷が歯並び、あごの骨に影響した。
・遺伝(歯の大きさとあごの大きさのバランス、上下のあごのバランス)により、形質を受け継いだ。オーストリアの王家であるハプスブルク家では特徴的に受け口の人が多かったのは有名な話です。

Q.

歯並びを治すのに歯を抜いてはいけないのでしょうか?

A.

抜かない方が良い場合もありますが、歯を抜いた方が良い場合もあります。

健康な歯を抜いて良いのか抜かない方が良いのか、この議論は今から約100年前にさかのぼります。

1890年代に現在の正常咬合の概念をつくったアメリカのEdward Angleは「矯正歯科治療の目的のために歯を抜く」ことは、「人には本来、完全な歯列を有するという能力がそなわっている」という立場に立つならば、とても間違ったことのように見えたため、「人は皆、親知らずを含めた32本の天然歯が理想的に咬合する可能性をもっている」と言う事が1つの信条となってしまいました。小さなあごの骨の上に並びきらない歯を並べようとするため、歯列を横に広げて治療することが主流となりました。

1920年代に歯学雑誌上で抜歯論争が起こりましたが、これに彼が勝ち、1930年代になるまで全ての人について歯を抜かないで治療をすることが主流になってしまいました。

この対極にある考え方をしたのが彼の弟子でもある、1900年代半ばに活躍したオーストラリアのRaymond Beggです。
近代社会では柔らかい食物を採るようになった結果、歯の咬む面と歯と歯の間がすり減らなくなっている。このため、「現代人のほとんどすべての人に歯を抜く必要がある」と言うのが彼の主張でした。

ちなみに、歯を抜いて治療をする方が歯列を広げて治療をするよりも、難易度が高く、固定式の装置を使う必要があります。ヨーロッパで広く用いられていた取外し式の装置ではこのような治療ができないため、このような装置を好んで使う者の中で装置の欠点に触れたくないために本題とは別の理由で歯を抜かないことを支持する者もいました。

どのような歯並びの患者さんでも歯を抜かずに治療をし、それでは治らないこともあるとわかり、1960年代初め頃には半数以上の患者さんが歯を抜いて治療をするようになっていました。しかし、この時期をピークに徐々に歯を抜く割合が減ってくることになりました。

歴史を振り返れば数十年を経て、極論から極論へと振り子が揺れるように移行したことがうかがえます。
このような議論の繰り返しをすることのないように私たちは歴史に学ぶ必要があると言えます。今日の合理的な物のとらえ方からすれば、その人の状態によって歯を抜く必要がある場合もあり、その割合はどういう人を対象としているかによって変わると言えます。